ネット利用倫理
インターネットを利用するなかで、いろいろな規則が破られることが目的だったかのような場面を目撃して、心を痛めている人は少なくないかもしれません。
インターネットについての法整備がまだ不十分な段階では、適正なる運営は、個人個人の倫理観に委ねられます。
もちろん私も欲のある人間なので、うっかりするとアウトローにまわってしまう可能性がありますが、極力そのようなことにならないように気をつけています。
一番、安全な方法はインターネットを利用しないことにあるといいます。
同じくらいの安全度を保つくらい慎重に利用したいというのが、一般に安全を望むものに等しく必要な態度なのだと、いまさらながらに感じています。
ネットを使わないといしう論調は、ひとつの環境適応の否定とも言えますが。
保守的な人や勉強意欲の無い人は、新しいものを全て危険と見なして避ける傾向にあります。
しかし、それは目の前の事実に、見て見ぬフリをしているに過ぎませんね。
今の時代、インターネットを無視するのは、文明を否定することと同じと受け止められても仕方のない事でしょう。
電気を使わずにろうそくで生活する人が、ほとんどいないように、インターネットも生活に密着しつつある社会インフラのひとつなのですからね。
携帯電話の普及によって、一人一台から複数台の所有も、インターネットのインフラが整ったからでしょう。
神秘的なインタネット
インタネットの利用はますます広くなって、幼稚園の子供も若者も60歳の老人もインタネットを利用するようになっています。
ホームページ作りが趣味という高齢者もいるぐらいですから、生活に溶け込んでいるのがわかりますよね。
サイトにログインする時、ニックネームを使いますので、自分の真実の名前を使わなくても大丈夫です。
このように、インタネットは神秘的なベールが付きます。
即時通信ソフトで他人としゃべる時には、相手の名前、性別、年齢などが一切分かりません。
60歳の爺を20歳の娘にして、16歳の娘を30歳の男にして他人と話すことが少なくありません。
なので、インタネットでチャットする人を信じてはいけないと、よく耳にします。
インタネットで知らない人とチャットするのは、ただの暇つぶしと考えたほうがいいのでしょう。
何でも信じてしまうと、身の危険を招いてしまうかもしれません。
匿名のメリット・デメリットをしっかりと自分なりに解釈しておかなければ、フィッシングサイトにひっかかって、支払わなくても良いお金を支払うことになります。
後ろめたい使い方をしなければ、何も恐れることはありませんが、最低限の知識を持たなければ、いつまでも簡単にお金を振り込むようなことが発生するでしょう。
利用者のネットリテラシーの向上が、被害者を少なくする方法のひとつですね。